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闘病回想記10年

2014/02/01
ブログを始めた当初は闘病記も書いて行こうと、一人前にもプロローグなんてタイトルまでつけていたのに、2回更新しただけですでに4年が過ぎ…。

プロローグで病気の発見から移植までの事を、移植してから1年目が第1章で2年目が第2章と構想を練ってたんですが、

すでにあれは幻…。

ちゃんと書こうと考えると前に進まないので、とりあえず、この10年、えっ11年?!をざっとおさらいの如く記しておきます。


ちなみに、自分の病名や症状、治療は全てこちらでしてもらっているので全てスペイン語。

手持ちの辞書なんか調べても載っていない事だらけで、最初の2~3年はネットにすら私の病名の日本語版に出会えず、

ただ医者の指示に従って治療をしていただけなので、いまだに詳細の症状や治療に関しては日本語で理解してません。

今なら調べれば色々詳しくわかるんだろうけど、過ぎた事にはあまり興味がなく。って、言うか、難しいのはの苦手で…。

唯一、治療から数年後、自分の病気が“骨髄異形成症候群”だと言う事は分かりました。



では、では、発病から今までの事をざっと箇条書き。

2003年 5月 妊娠中期に入っても体調がすぐれず、産婦人科に行き、血液検査をしてもらう。
         数日後、私立の総合病院に入院。
         入院当日の夜中にもっと詳しい検査が必要と大学病院に転院される。
          翌日には日本の弟に骨髄適合性を検査してもらうように依頼。(不適合)
    
    6月 入院してから毎日輸血と、時々血小板の輸血も。
        1回目の化学療法。
    
    7月 2回目の化学療法。

    8月 適合性のあるドナー候補さんを3人見つけてくれる。
 
    10月 息子出産

    12月 3回目の化学療法。

2004年 1月 高熱で入院。
       1月中頃に移植の予定を少し延期。
       1月末4回目の化学療法。

    2月1日 骨髄移植。B型からA型に。

    3月~5月 サイトメガウィルス治療の為、毎日通院。AM9:00~PM3:00 点滴。
         12時間おきに治療が必要な時は、自宅で自分で点滴や注射。
         急性膀胱炎(直ぐに治る)、尿失禁、味覚を失う、指の爪をすべて失う(それぞれ1ヶ月後には治る)。

2005年 2月 骨髄移植の副作用で腸炎で入院。

     4月 ステロイド剤の副作用で筋肉が弱る。(寝返りできない。一人で立ち上がれない。)

2006年  春頃から右足の付け根が痛む。
      夏頃は座っても横になっても痛む。(ほとんど歩けない状態)

     レントゲンやCTスキャンの結果、大腿骨の頭が壊死とわかる。(ステロイド剤の副作用で、血流減少の為)
     左足側もなりかけているが、壊死を阻止する治療は無いと告げられる。

2007年 3月 右足大腿骨の人工骨頭置換手術。

    6月 卵巣の腫瘍摘出手術。

    10月 左足大腿骨の人工骨頭置換手術。

    12月 平坦な道を歩いても呼吸困難で歩けなくなる。

2008年 2月 肺の生体組織診断の為、入院。
       骨髄移植の副作用で気管支炎に。

2011年 夏頃、右膝が痛む。レントゲンとMRI。軟骨の劣化。(飲み薬で治る)

2012年 夏頃、右肩が痛む。40肩だろうと診断され、リハビリに。
    12月 リハビリの問診でエコグラフィーにまわされる。
       エコグラフィー検査からレントゲンとMRI検査にも回される。

2013年 1月 右腕付け根の血流の減少で壊死になる可能性があると診断される。

    5月 壊死を遅らせる治療。1週間おきに3回で治療完了。
       左腕も痛むがこの治療は右腕治療中に医療費削減で公立での治療はなくなる。
       私立病院で治療したい旨を医師に伝えるがこの治療が絶対回復するとは限らないので、右腕の治療の結果の様子を待つように進められる。


これ以外にも、移植後2~3年は毎年冬になると風邪をひくたびに38度以上の熱をだし入院を繰り返していました。


大体、こんな感じです。



こうして書いてみると色んなことを思い出す…。

やっぱり、忘れてしまわないうちに、お世話になった人達や出会った人達の事も書いて行けたらと思います。




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07:39 闘病記 | コメント(0)

大学病院のクリスマスメニュ―

2011/01/08

1月6日で長いスペインのクリスマスもお終い。

今年も無事、自宅で過ごせる事が出来ました。

3年前まではこの時期、風邪から高熱を出し入院パターンが続いていたんですが、

今年は家族全員、鼻をグズグズ、咳をゴホゴホ言わせていたのに、私はセーフ。


この時期、同じ年ではないけれど、クリスマス、元旦、三賢者の日とスペイン年末年始ビッグスリー祭日に大学病院に入院していた事があります。

クリスマスイブの夜にはサンタさんが、三賢者の日の前夜には三賢者のうちの一人が、病棟を周り、それぞれ入院患者にチョコレートボンボン1箱(銀行ネーム入り)をプレゼントしてくれます。

そして、普段からこれが病人用食?!と、思われるメニュー(量が多くて味が濃い目で油たっぷり系が多いです)が、さらにボリュームアップ!

病院でも第一皿(スープやパスタ類、コメ料理(パエジャも有り)、野菜料理のウチの一つ)、第2皿(お肉か魚、卵料理+サラダかポテトフライ)、デザート(フルーツかヨーグルト)が付くんですが、

これらの祭日前夜の夕食と当日の昼食は豪華版。

前菜にエビの鉄板焼きとかムール貝のマリネが、メインに子豚の丸焼き(1人分カットされて)、デザートにはケーキなど…。

それとは別にクリスマス菓子のセットされた小さな箱も。

大晦日の夕食にはカウントダウン用にシャンパンの小瓶とブドウ12粒も。

決して病院食とは思えないメニューに量…。


こんな時期に病院だなんて…と、落ち込んでいたりもしましたが、今になってはとっても貴重な体験を出来たのかもしれません。(写真に撮って無かったのが残念です…。)


23:44 闘病記 | コメント(2) | トラックバック(0)

闘病記 プロローグ2

2010/03/22
産婦人科でまず言われたのは私が外を出歩いているのが信じられない。自分だったら立つことさえ無理だろうと医師が言う。血液検査の結果、ヘモグロビンが非常に少ないらしい。このまま、私立の総合病院に行って入院するように。えっ~!!準備も何もしてきてないのに~!何でちょっと電話で言ってくれなかったんだろう?(血液検査の結果があまりに悪かったので調べてくれてた病院が急いで産婦人科にその医師が急いで私達に、とにかく連絡を!!の結果らしいです)

私立の総合病院の病室は全て一人部屋(付き添いも泊れるようにソファベッド付き)。食事は3~4種類のメニューから選べます。まず、病室に着いたら、輸血2袋(何cc入かもう覚えてないですが、いつも輸血の時は2袋でワンセット)。初めての輸血…、ちょっと怖かったです…。おまけに私はB型、輸血の血液はO型って、書いてるし…。O型は全ての血液型に対応とは知っていても、怖かったです。(献血をして下さる皆さん、申し訳ないです

医師が説明に来てくれる。私の骨髄からは赤血球が作られていないらしい。

私はバカです。白血病は聞いた事がある。映画やドラマで見た事がある。白血病は怖い病気。白血病と言うぐらいだから白血球の病気だろう。私は赤血球に問題がある。でも、赤血球病なんて聞いた事が無い。 赤血球で良かった~、白血球じゃなくて良かった~。バカで無知な私

夕食も済み、kanとテレビを見ながら午後11時半、そろそろ寝ようかと話していると、医師が訪問。
もっと詳しく血液検査の必要がある。私立の総合病院では限度があり、サラマンカ大学病院は血液科が非常に優れているので、今からそちらに移動してください。 行けと言われるなら行かないと仕方が無い。ではkanが車で、と言うと医師は救急車を要請済みと言う。私立病院と大学病院、目と鼻の先の距離なのに…。今日はお初だらけの日。初救急車に乗り(サイレン付き)、ちょっと大袈裟では無いかと驚いた。
14:34 闘病記 | コメント(1) | トラックバック(0)

闘病記 プロローグ1

2010/03/21
すっかり元の生活に戻りつつある今ですが、自分の記録の為に、お世話になった人達に感謝の気持ちを忘れない為に、これから起こるかも知れない辛い時にもっと大変な事を乗り越えたんだと、そして今現在私が経験した事で辛い思いをされてる方の少しでも励みになる様に、今更ですが綴らせて貰います。


2003年、第2子妊娠。
4月頃から、たまに会う知り合いに顔色悪いんじゃない?と言われても妊娠してるからと答えてた。
妊娠4~5ヶ月、家事をしたり階段を上る度に目まい、息切れ、何をするにしてもまず休憩(ソファで横になる)で、今回のつわりは長引くな~と思ってた。エリサの遠足のお迎えに行った時は特に最悪で、暑さのせいか目の前が真っ暗、取り合えず公園のベンチで休憩。kanに電話すると"今、仕事中!僕にどうせぇと言うんだ!"的な事を言われショック!!公園と仕事場、歩いたって15分はかからないのに…。しばらくしてマシになったけど、まだ車の運転は怖かったので近くのバルで1時間ほど涼んでから車で帰路。(のち2年ほどこの事をkanに蒸し返してました。)
産婦人科検診でつわりのひどさを報告。念の為に予定より早めの血液検査。この時、私は私立の保険で産婦人科にお世話になっていたので血液検査は別の病院でして貰い、1週間後に結果を貰いに行き、又産婦人科に予約を入れて検診、の運び。
自分で結果を貰いに行く前に産婦人科から電話。今すぐ、診察に来て下さい。
エリサの前に中絶を経験していたので、又?!と、不安が募る。 どうか、大丈夫です様に! kanと悪い方向に考えるのはよそうと励まし合う。
01:42 闘病記 | コメント(0) | トラックバック(0)
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